川井徳寛

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ARTIST  Statement

Tokuhiro Kawai

『物語絵画の継承者』


川井徳寛の作品は常に美しい物語に彩られている。

理想化された人物が重力や遠近といった物理の法則を無視しながら画面に登場し、世界観に奥行きと情感を与えている。

川井は自身の制作を、ある種の物語の創作と同義であると考えている。つまり川井の描く一枚の絵画は一編の物語であり、見る物の多くが感じるという画面の中に心を遊ばせたくなる感覚は、彼の紡ぎ出した物語の世界にその心が引き込まれたからに他ならない。

本来、物語と絵画の関係は密接な物で、絵画はその役割の大半を物語の再現に費やしてきたと言える。太古の人々が崇めた精霊から、聖者の奇跡や歴史的英雄の活躍まで、絵画と物語の関係を示す具体例は枚挙にいとまがない。

本来はスクロールしてゆくべき物語を一枚の静止画面に表現するという矛盾は、時間軸や物理法則の無視といった独自の手法を絵画に齎し、今日我々がイメージする「歴史画」や「宗教画」の纏う不可思議で深遠な魅力へと帰結してゆく。

つまりある視点から見れば絵画の歴史とは再現の歴史であり、再現の方法として時に常識を凌駕しつつ画家はそれぞれの独創を駆使してきたのである。


しかし、時代と共に価値観や表現方法が多様化した結果、現在では絵画は個人の表現方法へと移行し、物語の再現は映画や小説にその座を譲りつつある。

小説の挿絵等として僅かに血脈を保つかに見える絵画表現も、活字の補助として一場面を限定的に再現する役割へと姿を変えており、かつて隆盛を極めた表現方法とは趣を大きく異にしている。


川井の試みはこの物語と絵画という希薄化しつつある関係への再アプローチであり、かつての絵画の主流ともいうべきアカデミックな手法の継承である。

幼い頃から川井は映画や小説を通して目の前を通過してゆく物語を空想の中でせき止めたいと考えていたという。古典絵画に見られる物理常識に囚われない自由な表現が彼の願望を可能にした時、彼の空想は絵画へと変換され、結果として物語絵画の再現に近い手法が確立されるに至った。

神々や信仰が以前ほど日常に密接していない現在、川井は物語の典拠を自らのイマジネーションによって補完している。



そのイマジネーションとは即ち、彼の美的価値観の集積であり、単に古典技法の模倣に留まる事のない川井作品の魅力の根幹を為す物である。

彼は幼少期、稽古していたピアノのコンクールに参加した時、参加賞として男児にはヒーローのカードが、女児には美しい指輪の玩具が配られたそうである。

喜ぶ男児達の中でただ一人、川井少年は指輪が貰えなかった事に憤慨していた。周りの友人達よりも自分の美的感性に素直であった彼は、紙切れに過ぎないカードよりも物質的に美しい指輪に心惹かれていたのだ。


たぶん今も川井の中では、自身の価値観によってのみ並列を許された自慢のコレクション達が所狭しと並び、作品のイメージを形作っているのであろう。

ファン・アイクやボッシュといった巨匠達から現代の映画やコミック、玩具の宝石やゲームに至るまで。世界の多様性そのままに多くの美意識が無造作に氾濫する中で、川井はただ一点、美しいと感じる物に対して誰よりも平等であるし誰よりも敏感である。


川井徳寛をあえて古典の延長に位置付ける事は、そこに表層の模倣に留まらない隔世的な魅力が存在する為である。

森に住むミノ虫は木の葉で衣(ころも)を紡ぐが、彩り豊かな毛糸片を与えると極彩色の衣を紡ぎ始める。いうまでもなくミノ虫は画家の姿であり、美しい衣は彼らによって紡がれてきた絵画作品である。

社会情勢の反映やロジックの重視がかえって絵画の世界に暗い影を落としがちな今日、川井が紡ぐ美しい物語は、見る者をいつしか画面へと誘い、享楽や極彩が弾ける中で我々の好奇心を大いに刺激してくれるのである。


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■ 個展「川井徳寛的ヒーロー」